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Donに聞け!!元気な経営者さんインタビュー

週刊求人の人気連載「ドンに聞け!」のWeb版です。 各エリアの元気な社長さん、経営者さんをご紹介します。 普段聞けない経緯や裏話も必見です。
※「Donに聞け!!」のコーナーは連載を終了しました。


株式会社アーニストホーム 田子勝氏
計画性を持って 現場が原点

 「アーニストとは、英語で真面目な、とか誠実なと言う意味です。お客様の大切な財産を築くと言う面からも、この仕事をして行く上で、最も重要な事であると考え、この社名をつけました」と話すのは『株式会社アーニストホーム』代表取締役の田子氏。子どもの頃、学校で技術の時間に先生から手先が器用だと褒められた事が切っ掛けで、ずっと大工になりたいと思っていたという田子氏は、中学校を卒業後、職業訓練校に通い、大工としての技術を身に付けた。
 「職業訓練校を卒業後は、帯広の建設会社で一年間働いていましたが、当時の北海道は、通年で仕事がありませんでした。もっと仕事のある土地で働き、技術に磨きをかけたいと考え、宮大工とまではいきませんが、神社等の建物を請け負っている名古屋の会社へと就職しました」と話す田子氏は、そこで職人として働く人達の技術の高さに愕然とする。
 「とにかく驚きましたね。プロとアマほどの差がありましたからね。自分が今迄やって来たことは何だったんだろうと思いました。本当にショックでしたね。でも、それと同時にこれは何としてもこの技術を学んでやろうという強い意欲を抱く様になりました。毎日色々な技術を吸収することで、一つ一つを自分の物にしていく楽しみを噛み締めながら、無我夢中で仕事に明け暮れました」と当時を振り返る。
 「当時、大工の世界というのは、大変厳しい世界でしたから、教えてもらって給料をもらうなど、もっての他といった考えが主流でした。勿論、給料なんてものはありませんでした。朝から晩まで働いて、ほんの小遣い程度のお金しか貰えませんでしたね。飯を食わせてもらえるだけ有り難いと思って働きました。丁稚奉公ってやつですね。もともと人に命令されるのが嫌いな性分でしたから、早く一人前になって独立してやるんだという考えで、仕事をしてました」と話す。
 その後も田子氏は、五年ほど修行を積んだ後、二十二歳で念願の独立を果たすこととなる。名古屋では通算十年間働き、昭和六十三年に帯広へと戻り、その年の八月に現会社を設立した。
 これから働く人達へのアドバイスとして。
 「若い人に限ったことではないのですが、責任を持たない人が多い様に思います。見て感じることができないんですね。ですから言わないと動かないんです。自分の目で見、考え、行動に移す。分からないことがあれば、何でも聞き、学ぼうとする姿勢が大切です。それと給料が全てではありません。目先のことだけではなく、将来を見据えた職選びをすることが重要だと思いますね」
 今迄は全て計画通りに物事が進んでいた田子氏だが、一つだけ計算違いがあると言う。「五十歳になったら引退して好きな畑仕事でもしようと思っていたんですがね」と言って笑った。