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KONなん どうでshow!

「Q-jin君」で新たにコラム連載がはじまりました。 日常にひそむオモシロイことや小さな疑問、切ない想い出…。 小企画ながら侮るべからず!読者に大人気のコラム連載です。


第112話 「「3年越しの初任給A」」

 僕だって三年前までは、働いていた。でも一週間で会社を辞めた。父の顔で入った会社だったので、父とは大喧嘩になった。
「俺にはもっと自分にあった仕事があると思うんだ」
「じゃ、お前に合った仕事って何だ!言ってみろ!」
「それをこれから見つけるんだって」
「そういう事は学生の時に考えるべき事だろ!お前、大学で四年間何をして来たんだ!」父とはどこまで行っても平行線だった。父の言う事はもっともだと思ったが、どうしても素直にはなれず、自分の部屋にこもってると、母が入って来て言った。
「父さんも母さんも働いているから、お前一人ぐらいは養って行けるからさ、時間はいくら掛っても良いから自分の納得の行く仕事を頑張って探しなさい」
僕は、この母の言葉に甘えたのと同時に自分自身にも負けた。この日を境に今の僕がある。
 人生の転機って奴は、ある日突然やって来るもんだと思った。偶然なのか必然なのか分らないが・・・。
とにかくそいつは最低の形で僕ら家族の前に現れた。
ある日、何時もの様に朝食を食べに下へ降りて行くと、居間のテーブルの上に「週刊求人」が置いてあった。こんな求人誌、何時から出ていたのか知らなかった。
ページを捲ると、求人広告の何箇所かに丸印が付いていた。誰が何の為にこんな印を付けたのか、その時は分らなかった。僕の仕事を探しているのだろうか?
その日の晩、夕食を持って来た母がドア越しに言った。
「お父さんね。会社リストラになっちゃった。今、一生懸命に就職先を探してるから、今月のお小遣いは少し減っちゃっても良い?」
「あっそ、良いよ別に」
「ホント御免ね」
何故お前も早く仕事を見つけろって母は言わないのか、その事に僕はむかついた。
何故こんな息子に優しくできるのか、考えれば考えるほどむかついた。でもそれは母を通して自分自身にむかついていたんだと気付いたのは、もう少し先の事だった。

つづく

第113話 「3年越しの初任給B」

 用事があって友達の家へ行った。奥さんが中学生の息子に説教をしている最中だった。父親である友達はそちらに参加せず、僕と話しをしている。
 僕が社会人になって直ぐに作ったクレジットカードの引落銀行に、母は毎月小遣いとして三万円を入金してくれた。今は便利な世の中で、パソコン一台あれば、好きな物が何でも買える。その他に床屋代として毎月五千円がドアの外に置いてある。合計三万五千円。
今月からは入金額が一万円減ったが、僕にとって大した問題じゃなかった。
一ヵ月後「週刊求人」を見て父の仕事が決まった様だったが、正社員ではないらしい。あの歳では正社員は厳しいだろうと思っていた。毎週僕も、父が読み古した「週刊求人」を見ていた。紙面をネットで見られる事も分り、毎週月曜日が楽しみになった。今迄曜日の感覚すらなかった僕にとって、大きな生活の変化になった。
 ある日の事、母が僕宛に届いたと言って、ドアの前に封筒を置いて行った。中を開けると、千円分の商品券が入っていた。飛び上がるほど嬉しかった。僕が三年振りに自分で手に入れたお金である。商品券を封筒に入れると、次の日、一階にある食卓のテーブールの上に「何かの足しにして下さい」と書いたメモと一緒に商品券を置いた。
その日、夕食を持って来た母はとても喜んで言った。
「凄いね、きゅうじん君見つけたんだね。毎週お父さんと二人で探してるんだけど見つけられなかったんだよ。商品券ありがとう。大事に使わせて貰うからね」
ありがとうって最後に言われたの何時だっけ?こんなに気持ちが良い言葉だったっけ?僕は言葉の余韻に暫く酔いしれた。この時、これが母の僕に対しての最後の言葉になるなんて、夢にも思わなかった。
 次の日の午後五時過ぎ、僕の携帯に母から電話が掛って来た。ゲームに忙しくてそれどころでは無く、僕は無視した。どうせ今晩のおかずの事だろう。暫くして今度は父から電話が来た。瞬間にただ事では無いと感じ、急いで電話に出た。
「母さんが・・・死んだ」
僕は無我夢中で、床屋代として貰ってあった五千札を握り締め、タクシーに乗り込んだ。

つづく

第114話 「3年越しの初任給C」

 病院に着くと、父が居た。三年振りに会った父は少し痩せ、白髪も増えていた。
「母さん仕事の帰りに車に引かれたんだ。俺の稼ぎが減ったんで、経費節約だとか言って、先月から自転車で通勤してたんだ」
家族の筈なのに、同じ家に住んでいるのに、僕は何も知らなかった。母さんがそこ迄して家計を切り詰めていたなんて、夢にも思わなかった。自分自身が情けなかった。家族が苦しんでいる時に何もしてやれなかった自分を恥じた。
ベッドに横たわる母の顔には白い布が被せてあった。
「母さん引かれた時、まだ少し意識があって、警察の人に連絡する様に頼んだそうだ」そう言って、父は母の携帯を僕に渡した。開くと、壁紙に「主人」「息子」と言う大きな文字で書かれたショートカットが目についた。「息子」を選択すると僕の電話番号が出て来た。最後の履歴は、僕が母からの電話を無視した時間だった。「ご免なさい・・・」
胸の奥が、カッと熱くなり、大粒の涙が止めど無く流れ落ちた。腹の底から自分でも信じられない程の大声を出し、僕は子どもの様に泣きじゃくった。母が死んだ全ての原因は自分にある。今この場で自分自身を消してしまいたいと思った。
 母が煙になって空へ昇った日、父が僕に言った。「もういんじゃないか?」
僕は黙って頷くと、両手の拳を堅く握り締めた。この父の言葉には全ての意味が込められていた。
 母が死んで二ケ月程が過ぎ、僕が就職する為の面接日がやって来た。それは僕が三年前に一週間で辞めた会社だった。僕の時計は三年前に退職した時に止まっている。もう一度そこから始めないと前へ進めない気がした。
面接は社長が直々にしてくれた。僕は退職してから、ずっと引きこもりになった事。母が死んだ事。全てを話し、三年前の自分の我がままを土下座して詫びた。
社長室のカーペットは僕の涙で所々染みになった。それが僕なりのけじめのつけ方だった。面接の結果は問題じゃなかった。

つづく